筑波大学附属視覚特別支援学校のWEB

 このページでは筑波大学附属視覚特別支援学校長より、このWebをご覧になった方へご挨拶申し上げます。


校長室から

本校の創立期を振り返る ― はじまり ―
 5月も下旬を迎えました。
 今年は例年より早い時期から気温の高い日が続き、すでに熱中症への注意が呼びかけられるなど、季節の移り変わりの早さを感じています。子供たちの体調管理にも十分気を配りながら、日々の教育活動を進めているところです。

 創立150周年を迎える本年度、「校長室より」では、折に触れて本校の歴史や教育の歩みについても紹介していきたいと考えています。
 今月は、本校がどのような時代背景の中で生まれたのか、その「はじまり」に少し目を向けてみたいと思います。
 本校が創立されたのは、明治9年(1876年)です。明治維新から間もない頃であり、日本全体が大きく変わろうとしていた時代でした。学校制度も整えられ始め、「すべての人に教育を」という考え方が少しずつ広がり始めていた時代でもあります。
 しかしその一方で、視覚に障害のある人々にとって、学ぶ機会はまだ極めて限られていました。現在のように、障害のある子供が学校で学ぶことが当たり前ではなく、「学ぶ場そのもの」が十分に存在していなかった時代です。

 記録によると、明治7年に来日した英国人医師ヘンリー・フォールズの呼びかけに端を発しているとされています。フォールズは、「日本には盲人が多い。盲人はバイブルによって教育するのが一番良い。そのためには先ずバイブルを日本語に翻訳する必要がある。」と述べ、訓盲所の設立を提唱したと伝えられています。
 現在の視点から見ると、時代背景や教育観の違いを感じる部分もありますが、視覚に障害のある人々に対し、「教育の機会を保障する必要がある」と考え、具体的な行動を起こしたことは、当時として大きな意味をもつものであったと思います。

 そのような流れの中で、本校の前身となる教育の営みが始まっていきました。そこには、「見えにくさがあっても学ぶことができる」「自分の力で社会の中を生きていけるようにしたい」という、当時の人々の強い願いがあったのだと思います。今の時代から振り返ると、教材も設備も、決して十分とは言えなかったことでしょう。それでも、子供たちの可能性を信じ、学びを支えようとした先人たちがいたからこそ、現在の本校があります。
 150年という歴史は、単に長い年月を意味するものではなく、「学ぶことをあきらめさせない」という思いが受け継がれてきた時間でもあるのだと感じます。

 現在、本校では、点字、ICT機器、拡大教材、触察教材など、さまざまな工夫を通して子供たちの学びを支えています。時代とともに教育の形は変わってきましたが、「一人一人の可能性を信じる」という本校の根底にある願いは、創立当初から変わっていないのではないでしょうか。
 150周年という節目の年だからこそ、今ある教育を当たり前と思わず、その歩みを支えてきた先人たちに思いを馳せながら、これからの本校の教育についても考えていきたいと思います。

 今後も、折に触れて本校の歴史や教育の積み重ねについて紹介してまいります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


令和8年5月25日 筑波大学附属視覚特別支援学校 校長 森田 浩司

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2026/5/25