筑波大学附属視覚特別支援学校のWEB

150周年特設ページ

 筑波大学附属視覚特別支援学校は、令和8(2026)年に創立150周年を迎えました。
 本校の歴史は、明治9(1876)年に皇室より御下賜金三千円を賜り、日本の視覚障害教育の礎が築かれたことに始まります。以来、本校は日本点字発祥の地として、また視覚障害教育の中核的な役割を担う学校として、多くの幼児児童生徒の学びを支え、社会で活躍する卒業生を送り出してきました。
 この150年の間には、多くの先人たちの努力と挑戦が積み重ねられてきました。その歩みは、本校だけでなく、日本の視覚障害教育にも大きな影響を与えてきました。
 そして今、本校はこれまでの伝統を大切にしながら、ICTやAIを活用した教育、国際交流、多様性を尊重する教育など、新しい時代にふさわしい学びの創造に向かっています。
 この特設ページでは、創立150周年を記念した各部科の活動や記念事業を紹介します。
 これまで本校を支えてくださったすべての皆様に感謝申し上げるとともに、次の50年を見据え、視覚障害児者の未来を拓く学校として歩み続けてまいります。

150周年に関する取り組み

高等部 終業ミーティングでの取り組み

 高等部では、生徒会が主催して、長期休業日明け最初の授業日には始業ミーティングを、長期休業日前の最終の授業日には終業ミーティングをそれぞれ行っています。
 今年度は150周年記念の年にあたり、7月17日金曜日の終業ミーティングでは高等部生徒会執行委員会と有志の生徒の発案により、生徒全員での校歌斉唱、また、150周年に関するクイズ大会を開催しました。
 さすが高校生、校歌斉唱では迫力のある歌声を披露してくれました。校歌にも長い歴史があり、1910(明治43)年に制定された本校の校歌は、作詞 尾上八郎、作曲 岡野貞一によるもので、現在まで長く歌い継がれています。
 150周年に関するクイズは、次の4問でした。

第1問 校舎が立った当時教科書に使われていた文字は何だったでしょう?
 1. 凸文字
 2. 点字
 3. 通信玉
正解 1.
解説 凸文字は木の板に文字を掘り込んで、柔らかくなった和紙を押し付けて作った文字です。漢字やカタカナを触って読み取るのが難しかったため、いろいろな文字を考えたときにできたものが通信玉でした。紐に大小のビーズが通してあります。小さなビーズが母音、大きなビーズが子音を表したそうです。他にも様々なアイディアが生まれましたが、いずれも実用化しませんでした。

第2問 最初に校舎があった築地から、1891年に小石川に校舎が移転しました。それはなぜでしょう?
 1. 観光地が多く人が多かったから。
 2. あまりに衛生環境が悪かったから。
 3. 海が近く湿気が溜まりやすかったから。
正解 3.
解説 築地に校舎が立ったのは、1879年です。

第3問 戦時中の疎開には富山県の宇奈月が選ばれました。当時、宇奈月は数十年に一度の大雪だったそうですが、なぜこの場所を選んだのでしょうか?
 1. 当時交流の深かった、富山県立富山盲学校が土地を貸してくれたから。
 2. 国立学校より県立都立などの地域の学校の疎開が優先されたから。
 3. 戦争により失明した軍人が泊まる、失明軍人寮があったから。
正解 3.
解説 疎開は、年齢の低い子たちは遠足気分だったそうですが、上級生の子たちはすごく苦労したそうです。失明軍人寮は、戦場で失明した軍人を休ませる寮のことです。

第4問 町田則文の説明について正しいものを選びましょう。
 1. 東京盲学校の初代校長となった人物。
 2. お茶の水女子大学の教員だったが、後に盲学校の設立に関わった人物。
 3. 日本点字を翻案した人物。
正解 1.
解説 町田則文は土浦藩士の家に生まれ、1878(明治11)年東京高等師範学校を卒業しました。いくつかの師範学校を経て、高等師範学校教授、台湾総督府国語学校長、女子高等師範学校教授となり、1909(明治42)年の東京盲学校設立にあたり初代校長となりました。2.は中村正直です。3.は日本点字を考案したのは石川倉次です。盲学校の国語の教員であり、ブライユ式6点点字を原型にして日本点字を考案しました。
 クイズの最後には追加の問題として、本校のゆるキャラである「ツクバード」に関する問題も出されました。本校創立当時や戦時中に関する古い問題から、2018年3月に誕生した「ツクバード」に関する最近の問題まで幅広く出題され、どの学年の生徒も興味津々でクイズに臨んでいました。生徒会執行委員会と有志の生徒の皆さん、企画・運営ありがとうございました。

150周年に関するクイズで盛り上がる様子

(2026年7月27日)

高等部 本校の歴史を学んでいます

 高等部生徒会執行委員会と有志の生徒が本校資料室を訪ね、本校の歴史を学びました。資料室を担当する高等部教員の村山彩先生から、本校150周年の歴史や、点字が考案される前に様々に工夫された文字を紹介していただきました。紐の結び目の数などで文字を表す「むすび文字」や、短冊状の紙の端の折り方で文字を表す「紙折文字」などの史料を触らせていただき、点字が考案される前にも、何とかして自分たちの文字をもとうと追求した先達の努力に触れることができました。点字を考案した石川倉次先生の肉声を録音した音源も聞かせていただき、石川先生の熱い思いを直接聞くこともできました。
 今回、資料室で学んだことをもとに、7月の高等部終業ミーティングでは、150周年に関するクイズを行い、生徒全員で150年の歴史について理解を深める予定です。

高等部生徒が資料を観察、触察する様子

(2026年7月9日)

専攻科歴史懇談会を終えて


 5月15日に専攻科の旧職員である矢野忠先生、福光英彦先生をお招きして「専攻科歴史懇談会」を行いました。懇談会には専攻科の教員、生徒が全員参加しました。
 この企画は、鍼灸手技療法科、理学療法科の歩んできた歴史を知ることで、あらためて専攻科の持つ視覚障害者の職業教育としての役割や、重要性を認識すること、そして一人一人が、将来の自分の目標を見出すことを狙いとしました。
 矢野先生のご講演では、鍼灸手技療法科の発足当時のご苦労や、困難を乗り越えてこられた経緯を知ることができました。また、あはき師として、人に触れることの大切さを科学的な根拠や研究成果に基づき、丁寧にお話をしていただきました。福光先生のご講演では、ご自身が視覚障害者として理学療法を目指された経緯のお話や、理学療法士としての経験や、本校教員として勤務されていた当時、生徒を臨床現場に送り出す際の苦労話など、熱く想いを語っていただきました。両先生のご健在ぶりは、我々現職の教員としてとてもうれしく感じました。講演後には、生徒からも積極的に質問が出されるなど、限られた時間ではありましたが、教員も生徒も有意義な時間を過ごすことができました。矢野先生、福光先生有難うございました。

講演後の矢野先生を鍼灸科の生徒達が囲んで記念撮影 福光先生の熱意溢れる講演の様子

(2026年5月15日)