筑波大学附属視覚特別支援学校のWEB

美術


 一般に、美術は表現、鑑賞ともに視覚に依る所の大きい芸術分野であり、盲学校における美術教育のかかえる課題もここに由来している。しかし、視覚が触覚の記憶の堆積によって支えられたものであり、造形表現が手によって実現されるのであれば、最も根源的な感覚である触覚による美術教育は十分可能であると言える。このことを体系づけることはなかなか難しいが、各盲学校において、内容を重点化して、模索と実践が続けられてきた。


1.目標及び内容

 本校美術科では、特に以下の点に目標を置いて授業を進めている。

 中学部

  • 触覚を用いて制作を行う
  • 様々な素材を経験し、素材の表現の可能性を知る
  • 素材にあった道具の使い方を理解し、習得する
  • 鑑賞を通して、同じ制作者として感じたことを自身の言葉で表現する

 高等部

  • 中学での学びを基に、生徒自ら主体的に制作に取り組む
  • 触覚による造形思考力を伸ばし、完成に至る表現の喜びを味わう。

 立体制作は手と素材との関わりの中で感じ、考え、楽しみながら進められる。このため本校では制作素材をベースとしてカリキュラムを作成している。

 表現方法には主に具象と抽象があるが、本校では、点字・墨字使用の両生徒にわかりやすい、両手に包める大きさの彫刻をつくる。かたちと感情の関わり、内部エネルギーと生命感を把握・意識しながら、自己のイメージで空間とかたちを変形させていく。これを様々な素材との対話を通して行う。

 触覚による素材との関わりの中で表現力を育成するために、素材の選択は重要である。以下がカリキュラム作成のベースとしている各素材である。

  粘土はその可塑性により、手の動くままに自由な表現ができ、親しみやすい。これを焼成して形として残したり、さらに釉薬を色やつけ本焼きすることで、質感を変えた陶彫に発展させることができる。また、陶土を用いて陶芸表現も行う。

 木、石、金属等は抵抗感があり、いったん削ればもとに戻せず、量を取り去っていく作業を基本としている。この性質をよく理解し、制作を進める。また、それぞれに合った道具の使い方の習得も重要である。削りすぎてもまたそこから出発し、方向性を見出していく。

 石膏やポリエステル樹脂のように、硬化する性質を使って原型から型取り、研磨をして立体制作できるものもある。

 このように、各素材が持つ多様な性質の違いを知り、手と素材との対話を通して、感性の幅を広げながら空間を構成、展開していく。触覚によって造形思考力を養うと共に、自身の手で作り、表現する喜びを得ることで、次の制作への意欲を持つことができる。
 また、他者の作品を鑑賞することで、自身にはない発想を発見することもできる。

 弱視生徒は、立体制作に平面の課題が加わる。この場合、障害をもつ視覚を通して表現するのであり、特に生徒自身の障害の受容にも配慮する必要がある。貼り絵は輪郭が明瞭な表現方法であり、弱視生徒にもわかりやすい。また、全盲生徒でも、立体を2次元に表す過程を理解させたり、コラージュや硬質鉛筆と厚紙等を用いて平面表現を試みるなど、工夫を加えながら触覚でも可能な課題も行っている。

2.指導体制と方針

  1. 専任の教諭1人が中・高の美術を受け持っている。これは、中学3年間、あるいはさらに長い期間を見通した一貫性のある指導を可能にしている。各生徒の成長を見つめながら授業を組み立てていくことにより、教科の特性を十分生かすことができる。
  2. 制作に入ると授業は個別指導が中心になる。生徒は個々に見え方が異なり、また、点字使用の生徒でも、幼少時における視経験の有無により、空間及び色彩イメージのとらえ方が異なるので、これに十分配慮した指導を行う。
  3. 触察で感じ、考え、作っていくためには、長い時間を必要とする。制作過程の積み重ねられた時間の後に完成した喜びは、制作中の苦労に報いるものであり、次への制作意欲につながる。また長い時間をかけずに、1回の授業で出来上がるようなものについても、何週か同じ課題を繰り返すことによって、さらに感性を深めていく。
  4. 生徒にとっては、他の生徒の制作過程を理解することが、自己の制作に大きな示唆を与えることにもなる。そこで、生徒同士で鑑賞し助言し合う時間を設け、お互いに自由に伝え合える雰囲気を作ることも大切である。
  5. この自由な雰囲気を作ることは、授業全体を通しても大切である。くつろいだ雰囲気の中でこそ、自己を開放し、のびのびと表現することができる。
  6. 鋸や鑿等の工具を使う場合は、安全には配慮する。ただ怪我を怖れて作業を制限するのでなく、使用法の工夫を含めた適切な指導と共に、生徒自身に安全への意識を十分に持たせることも必要である。
  7. 各素材とそれを制作につなげていく考え方については先述の通り。触覚による制作では、フリーハンドで仕事を積み重ねていくので、制作の場面ごとに適切な補助を行ったり、教材教具を工夫することが必要となる。粘土練りの方法から道具の安全で効果的な使い方まで、生徒と共に考えながら工夫を重ねている。時間をかけて作業を重ねていけば生徒は着実に上達する。
  8. 様々な木材や巻き貝、牛骨等の自然物を収集し、発想の手がかりになるよう活用している。小型、中型の石膏像もいくつか備えている。

 以上、本校における美術教育について述べた。自身の手を使って作る喜びが生きる喜びにつながるよう、今後も教育実践を通して、触覚を利用した美術教育の可能性を広げていきたいと思う。

2020/05/27